2014-01-20

羽ばたき飛行研究者(仮) 無謀にも『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』を語る

タイトルは釣り。と言っておけば何でも許される風潮はどうなのか。別にいいか。

『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』[amazon.co.jp(アフィじゃないよ)] の感想。

言い訳

「はじめに」でも「あとがき」でも繰り返し批判はやめてね、とある。でも実際に読んだ人はわかると思うけど、この著者が批判を嫌がるとはとても思えない。つまりこれは「ツッコミも待ってるよ」という巧妙なフリと思われる。そうに違いない。ということにする。そうすると「個人ブログにも書かないでね」は「個人ブログにも書いてね」と読み替えられる。…ちがったらすみません。

コメント

進化関係の本では最高に面白かった

ていうほどたくさん読んでませんすみません。なんでって眠くなるんだよね…骨しかでてこないんだもん。そんで延々とこの骨がどうこう、みたいな anatomy の話をずっとしてる。いや、選んだ本やセクションが悪かっただけなんだろうけど。その点この本は自分の現在の興味(飛行の進化)とピッタリと合致していたこともあってものすごく楽しめた。それだけじゃなくて、たとえば匂いについての話など、最近になって個人的に気になっていたところを完璧に回答された気がしてかなり嬉しかった。

…なんかこのセクションの分量が少ないと「結局批判に終始するのかよ」って言われそうだけど、そうじゃなくて本当に気に入った。事実と意見を峻別し、意見を述べる際は必ず断定を避ける姿勢も好きだし、内容的にも特に前半のイントロが自分のような専門外の人間にはものすごくわかりやすかった。全体的に文章が読みやすいし、相当推敲してるんだと思う。恐竜の生態や生態系の予想も、単なる妄想ではなく、いちいちもっともらしい根拠がちゃんとあって、読んでいて「確かになぁ」と思わせられる。にもかかわらず、謙虚。例えば、p. 198 のホッピングで岩場を登る獣脚類なんて、「おぉ!すげぇ、ありそう!」と思わせておきながらまさかの敗北宣言。これがいい。

実はちょっと前に佐貫亦男の『進化の設計』という本を前に借りたことがあったんだけど、途中で読むのが苦痛で返却してしまった。なんていうか、随所に「創造主は」とか「造物主は」みたいな表現が入るんですよ。いや、そんなこと気にしないで読めばいいんだろうけど、ちょっと無理でしたね…気にしすぎかもしれないが。同時に借りた養老孟司の『形を読む』という本は問題なく最後まで読めたのだけれど、特に鳥や飛行に寄ってなかったので、もっとそういう系のないかなーと思ってたら、この本があったと。個人的には、このブログのタイトルの元ネタでもある Nature's Flyers 以来のヒットかもしれない。ていうか今更だけどこのブログタイトルどうなんだ…ひどいな。

(まぁこんだけ持ち上げとけばいいか…)以下、読みながら思ったことをつらつらと。

Inline citation がないのが残念

一般向けなのでわかるんだけど、ここまで素晴らしい本で inline citation がないのが非常に残念。General reference は参考文献としてあるけど、そうじゃなくて inline citation が欲しかった。一般向けと専門向けの境界付近だけど inline citation をしてくれている本ってのは一般人ではなく研究者が入門に読むのに非常にありがたいのだけれど。ちなみに飛行のバイオメカニクス関係では、 Nature's Flyers [amazon.co.jpでの紹介(アフィじゃないよ)] や、Life in Moving Fluids [] がinline citationをしてくれている。Robert McNeill Alexander も入門寄りの本をたくさん書いているけど、やっぱりinline citationしてくれてる。とはいえ、縦書の本だからしょうがないのかなぁ。

学名がカタカナのみなのが残念

カタカナとアルファベットは併記して欲しかった。これも縦書だからかなぁ。それ以外に理由が思いつかない。

WAIRについて

鳥の羽ばたきの進化史について、モンタナ大のK. P. Dial のグループ が提唱している wing assisted incline running (WAIR, ウィアーみたいな発音。[youtubeの動画]) という仮説がある。これは、樹上説と地上説のいいとこ取りみたいなもの(?)で、要は、走って木に登るときに羽ばたきが補助になったのでは、というもの。JEB や Proc. B だけでなく Science や TREE にも出ていて (Dial 2003 Science; Heers&Dial 2012 TREE)、そこそこ有名なはずなので、著者が知らなかったというのは考えにくい。意図的に言及を避けたのだと思う。なぜだろうか。鳥類学(非バイオメカニクス系)の業界的には、イロモノ扱いなのだろうか。

ところで、彼らは登るときだけじゃなくて降りるときにも羽ばたきは役立つよといって、それをなんと controlled flapping descent (CFD) と名づけている。数値流体力学 (computational fluid dynamics, CFD) で羽ばたきをやってる自分などは大変に混乱するので、やめてもらいたい。覚えていたら今度会った時に直接伝えようとは思っているが、もし言うとしたら Brandon Jackson も K. P. Dial もコワモテなので Bret Tobalske に言おうと思う。

翼竜の指の骨 (pteroid) の向きについて

翼竜で、親指(?違ったらごめん。なんかそのへん)に相当する pteroid という骨がある。場所的には、鳥でいう alula (bastard wing) に似てる感じ。この骨が実際にはどっちを向いていたのか、というのが実はちょっとした(かなり?)論争になっている。バイオメカニクス屋からは、この骨は前向きに付いていて、飛行機で言う前縁のドループ (droop) みたいに失速を遅らせたり揚抗比を改善する効果があったのでは、という意見が出ている (Wilkinson et al. 2006 PRSB; Wilkinson 2007 JEB)。これに対して、古生物学者(の一部)からはかなり手厳しい批判が出ている。「そんなわけはない、横向き(腕の骨と平行)のはずだ」と。人によっては個人攻撃じゃね?っていうくらい辛辣なコメントもしていたり、ちょっと感情論入ってそうなところもある。

実は Wilkinson の元同僚に直接このあたりの話を聞いたことがあって、このような論争が起きる一因として、この pteroid という骨と腕(手?)の骨をつなぐ軟骨が化石に残らず、したがって確実な向きの特定が化石からは難しいということがあるらしい。ちなみに、Wilkinson は当時ケンブリッジで Ellington の博士課程学生だったが、修了後は研究を続けずに役者になってしまったらしい…別に批判されたからというわけではないと思うけれど。

話を戻して、この本ではどうかというと、pp. 106-107 の図において、pteroid は明らかに前を向いている。上記のような論争を知っていて、敢えてバイオメカニクス寄りの表現にしたのだとすると、興味深い。そうでなく無意識だったとしても、鳥類学者は古生物学者とは常識が違う、ということだから、面白い。

なお、この話ではしばしば前縁スラットという表現が散見されるが、現代の旅客機ではスラットは隙間があるのが普通であるため、ドループ、あるいはやや一般的になってしまうが前縁フラップがいいだろう。スロットは隙間(変形しない事が多い?)を指すので、誤り。「いや、翼竜の翼膜に隙間があって境界層の剥離を防いでいたはずだ」というならそれはそれで面白いが。

そのほか

他にもたとえば、ハトの首振りの話があって、これ自体の論文はまだ検索してないけれど、最近になって飛行中の鳥の頭の固定についての論文が出ていた (Su&Yang 2013 B&B) ので「おっ」というのを感じたりした。

pp. 103-104 にかけて、羽根の話が出ているが、ここは細かいけどちょっとツッコんでおきたい。

> もちろん打ち下ろすときには、羽毛は密着し、空気を逃がすことはない。

これは読んでいて「ん?」と思った人もいると思う。「確かに翼の根元側はそうかもしれないが、翼端側では打ち下ろしでも隙間あるんじゃない?」と。種や飛行状況によっても違うかもしれないが、実際に隙間があることはよくある。と思う。隙間があるとだめなわけじゃなくて、飛行機のフラップやスラットと似て、隙間からエネルギを持った流れが供給されることで失速を遅らせて揚力係数を増やしたり(つまりむしろ隙間があった方が力が増えるかもしれない)、あるいは揚力が増えなくても抗力を減らして、揚抗比を改善している可能性がある。場合によっては、翼が個々の羽根に分かれて、代表長さである翼弦長を減らすことで局所的な Reynolds 数を低下させ、境界層遷移を制御してるのでは、みたいな意見すらある。このへん、翼端デバイス(ウィングレット、ウィングチップフェンス)の話というのは、固定翼や鳥でも滑空だとたくさん研究されているのだけれど、羽ばたきではまだこれからというところ。ていうかやりたいです。ここだけの話PDの職探してるんですがいい口あったら教えて下さいお願いします(必死)。

なんかたいして羽ばたき飛行研究者っぽくないなぁ…ひどいな。読んでる時はもっと色々考えてたんだけどメモとってなかったので忘れてる。また読み返す時間があって気づいたことや思いついたことがあったら追記していくつもり。

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